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ピコ秒サーモリフレクタンス法により観測される信号とその解析

ピコ秒サーモリフレクタンス法により観測される信号とその解析

国立研究開発法人産業技術総合研究所
名誉リサーチャー 馬場 哲也

1.ピコ秒サーモリフレクタンス法とインパルス応答関数

1ピコ秒は1兆分の1秒であり、光が0.1mmしか進まない非常に短い時間です。従って、ピコ秒レーザパルスが薄膜表面や薄膜基板界面で吸収されるとき、時間軸上では一瞬でエネルギーが与えられるデルタ関数(インパルス)による近似が有効です。インパルス入力に対する応答は、物性物理学における線形応答理論や工学の信号解析理論により体系的に考察されてきました。

サーモリフレクタンス法は「金属などの表面温度の変化により表面反射率が変化し、温度変化があまり大きくないときは両者が比例する」物理現象に基づく測温技術であり、ピコ秒パルス加熱サーモリフレクタンス法(以下、ピコ秒サーモリフレクタンス法)はインパルス加熱による応答関数を観測する手法であるといえます。


2.レーザフラッシュ法とピコ秒サーモリフレクタンス法

レーザーフラッシュ法では、巨視的な材料の熱拡散率は両面が平行な円板状試料の表面をパルス幅数100μs~数msのパルスにより加熱し裏面の温度応答信号を観測して求めます。透明基板上に成膜された膜厚数100nm程度の薄膜の熱拡散率は、薄膜表面をピコ秒レーザパルスにより加熱し薄膜裏面の温度変化を基板側からサーモリフレクタンス法により観測することにより、レーザフラッシュ法と同様の原理で求めることができます。なお、相反定理により加熱側と測温側を入れ替えても結果は同じです。

さらに、ピコ秒サーモリフレクタンス法においては基板側からの加熱・測温が困難である場合も多いため、加熱した表面の位置を測温する配置が採用されることも多くあります。この配置での応答信号は冷却挙動に対応しており、熱物性値を定量的に算出するにはレーザフラッシュ法の場合より高度の信号解析技術が必要です。


3.熱拡散方程式と熱物性値

シリコン基板、ガラス基板などの上に成膜された厚さ数100nmの金属薄膜を室温においてピコ秒サーモリフレクタンス法により測定した場合、加熱のスポット径は50μm~数100μmであることが多く、温度応答は一次元の熱拡散方程式により表されます。熱拡散方程式は薄膜の熱拡散率(薄膜の熱拡散時間と膜厚に依存)、基板の熱浸透率(熱浸透の時定数と薄膜の面積当たりの熱容量に依存)、薄膜基板界面間の熱抵抗をパラメータとした解析式により記述され、応答信号をフィッティングすることによりこれらの熱物性値が決定されます。


4.熱拡散方程式からの乖離の観測

薄膜が100nmより相当薄い場合や薄膜を低温に冷却した場合に、サーモリフレクタンス法において観測された信号は拡散方程式の解析解によりうまくフィッティングできないことがあります。このときサーモリフレクタンス信号は、いわゆる「温度」の変化と直接対応させることはできませんが、ピコ秒レーザパルスの照射による電子分布などの(熱平衡状態でなくても良い)変化に対応したインパルス応答信号としての解釈は依然有効です。

すなわち、インパルス応答であるサーモリフレクタンス信号は、熱的に非平衡で局所温度が定義できず熱拡散方程式が成立しないような、短い距離、短時間、極低温の対象に対しても観測可能です。この信号は熱的に非定常非平衡な状態から定常非平衡状態を経て熱平衡状態に至るダイナミックスを解明するための実測データとしての役割を期待しています。


5.熱物性値の測定と新しい研究分野への寄与

以上のように、熱拡散方程式が成立する場合には、ピコ秒サーモリフレクタンス法により薄膜・基板・界面の熱物性を正確に測定することができます。サーモリフレクタンス信号は局所的な「温度」が定義できない条件下でも再現性良く観測することができ、非定常非平衡統計力学の視点からもインパルス応答関数として考察することができます。



論文

“Role of Databases for Science and Technology (4)”
Tetsuya BABA

出典:「熱物性」110号(Vol.30 No.1 2016)P27-31

“Role of Databases for Science and Technology (5)”
Tetsuya BABA

出典:「熱物性」111号(Vol.30 No.2 2016)P98-102

“Role of Databases for Science and Technology (8)”
Tetsuya BABA

出典:「熱物性」115号(Vol.31 No.2 2017)P97-100

“Role of Databases for Science and Technology (9)”
Tetsuya BABA

出典:「熱物性」116号(Vol.31 No.3 2017)P142-144

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